名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)2791号 判決 1995年7月21日
原告
岡部朝子
右訴訟代理人弁護士
渡邉和義
右復代理人弁護士
永冨史子
被告
原シート製作所こと
原弘喜
右訴訟代理人弁護士
加藤謹治
被告補助参加人
パール工業株式会社
右代表者代表取締役
木戸義元
右訴訟代理人弁護士
岡田忠典
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は原告に対し、金一四一九万三九九九円及びこれに対する昭和六〇年一〇月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告の従業員であった原告が、高周波ウェルダーという機械で塩化ビニール製品の溶着作業に従事中、右機械の金型に右腕肘の辺りを接触させ、受傷するという事故が発生し、これにより右前腕感電創及び両上下肢末梢神経不全麻痺等の障害を受けたとして、被告に対し、安全配慮義務違反による債務不履行に基づき、入通院慰藉料、休業損害、後遺症慰藉料、後遺症による逸失利益等の損害賠償を請求したのに対し、被告が右安全配慮義務違反の有無を争うほか、入院の必要性、後遺障害の程度等右事故と損害との因果関係を主として争い、被告に右機械を売却した補助参加人が被告を補助するため参加し、同じく右事故と損害との因果関係を主として争った事案である。
一 争いのない事実等
1 当事者
被告は原シート製作所の屋号でテント等の塩化ビニール製品の製造を業としていた者である。
原告は昭和六〇年九月一七日ころからパートタイマーとして被告に雇用されていた者である。
2 本件事故の発生
原告は昭和六〇年一〇月八日被告から足踏式高周波ウェルダー(以下「本件機械」という。)による塩化ビニール製品の溶着作業を命ぜられ、その作業に従事していたところ、同日午後四時四五分頃被告工場内において、機械の奥に手を伸ばしビニールをしっかり固定しようとした際、右手の肘の辺りが機械の金型に触れ、受傷するという事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
3 本件機械の仕様及び溶着の仕組み等
(一) 本件機械の作動経過等
(1) 本件機械に外部電源から二〇〇ボルトの三相交流電気を通電すると、右交流電気は、マグネットSW、高圧トランス、高圧整流器等の機器を経て、六〇〇〇ないし七〇〇〇ボルトの直流電気に変わる。
(2) 右直流電気は、ヒーターコンデンサーとキャビティキャップを経て、発振回路・発振菅が内蔵されているキャビティの発振管に電圧を加えることになり、これにより高周波が発生する。
(3) 発生した高周波は、出力リード、同調用バリコン等の機器を経て、外部にある電極ホルダーに送られる。右のうち、同調用バリコンは、負荷を含めて形成される同調回路の同調周波数を調整する機能を持つものである(例えばある大きさの金型でビニールを溶着する場合、金型の面積と圧締されたビニールの厚みによってできるコンデンサとバリコン及び出力回路中のコイルとで発振周波数に共振させるようにする。)。
(二) 本件機械によるプレス(溶着)の仕組み
(1) 本件機械のプレス部の電極には、右のようにして形成された高周波電界が発生し、この電界は、一秒間に四一一四万回(41.14メガヘルツ)の周期で、プラスとマイナスが転換している。
(2) そして、電極ホルダーの先に金型をとり付け、その下に、塩化ビニール等、分子が双極構造になっている加工品をプレス台定盤上にセットし、プレスペダルを踏み金型を降ろしてプレス台との間の右加工品を加圧し、電源スイッチを入れた後高圧印加ペダルを踏むことによって右電極部分に右のような高周波電圧を生じさせ、これを受けた加工品の分子が右高周波の周期に連動して41.14メガヘルツで運動する。
(3) 右加工品は誘電体であって、加工品内での電子の移動はなく、専ら電界による分子の分極運動のみが発生し、これに伴い加工品は発熱してペースト状になり、かつプレスによって加圧されるので接着する。
(4) このようにウェルダーによる溶着は、一秒間に四一一四万回の高周波によって生じる加工品の分子の自己発熱によるから、これに要する時間は二ないし三秒という短時間である。
4 労災補償給付
原告は労災保険法に基づき、名古屋南労働基準監督署から、本件事故による休業補償給付として三一〇万四七一二円、障害補償給付として五〇万〇七六〇円、障害特別支給金として二〇万円の合計三八〇万五四七二円を受領した。
二 主たる争点
本件事故により原告の受けた障害の程度及び損害との間の因果関係の有無
三 争点に関する当事者の主張
1 原告の主張
(一) 本件事故による受傷の程度及び損害との因果関係
(1) 損害の発生
原告は本件事故により、右前腕感電創並びに両上下肢末梢神経不全麻痺等の障害を受けた。
原告が本件事故によって蒙った損害は別紙損害一覧表記載のとおり金一四一九万三九九九円である。
(2) 被告ら主張に対する反論
原告が本件事故によって入通院した際の主訴は、舌の痺れ、両手・両足のふるえ、白目の充血、味覚障害等全身に及んでおり、これらが原因もなく生じたと考えるのは極めて不自然であり、これが本件事故によることは明らかである。
前記争いのない事実記載のとおり、高周波による熱傷は熱源との接触による通常の熱傷と異なるものであるから、通常の熱傷と症状や予後が異なるのは当然であるところ、右主訴の原因は高周波によって組織の内部に損傷が起こり、特に水分含有量の高い組織、例えば血管系ほど高度の損傷を生じやすく、時間の経過とともにその損傷による影響が出現したためであるというべきである。
原告が高周波を浴びた時間は、当日初めで本件機械による溶着作業を行って作業に夢中であったこと、接触した金型は熱を帯びていないこと、原告は右肩の付け根あたりに急激なショックを受けて本件事故の発生に気がついたこと等の事情によれば、瞬間的であったとはいえず、ある程度の時間が経過していたというべきである。
したがって、その結果原告の身体に重大な影響が現れたとしても何ら不自然ではないというべきであり、現に本件事故後の白血球検査では極めて異常な数値を示しているなど、不定愁訴の類ではないことは明らかである。
(二) 被告の安全配慮義務違反
この作業は塩化ビニールを両手で機械の作業台に固定し、足踏ペダルを押して、機械上方の金型を下げて台との間に塩化ビニールをはさみ高圧電流を流してビニールを溶着するものである。したがって、機械の電流が流れる金型に腕や手が触れる可能性が高く、その際に感電するおそれのある危険な作業であるから、従業員に対して安全配慮義務を負っている被告としては、それまで右作業経験のない原告に対し、右作業の危険性を充分説明し、研修等の安全教育を実施すべきであったにもかかわらず、これを怠った。また、作業中、作業者の身体が高圧電流が流れている金型に直接接触しないような設備を設置し、万が一、身体が接触した場合でも、身体に電流が流れないような施策を実施するとともに、作業者の身体には充分の保護具を着用させるなど作業を安全に遂行できるような施策を徹底してなすべきであったが、これを怠ったものである。
(三) よって、原告は被告に対して債務不履行による損害賠償請求権にもとづき、右損害金一四一九万三九九九円及びこれに対する債務不履行のあった昭和六〇年一〇月八日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 被告及び補助参加人の主張
(一) 本件事故と損害との因果関係
前記争いのない事実記載のとおりの本件機械の仕様ないしプレスの仕組みから、仮りに通電状況下で人体が電界に接触した場合、人体内部の水分(血液も含む)の分子が41.14メガヘルツの振動を起こし、その部分が発熱することになって、その部分に限り火傷類似の傷害を生ずることは考えられるが、通常の交流電流が人体に流れその経路全体がジュール熱により火傷を負ったような、ないしは、落雷で身体の一部を電流が貫徹したような傷害を生じることはない。
原告が仮りに負傷した腕の方の先端部分を金属板などの通電性の高い物質に触れていた状況下で本件機械の電極ないし金型部分に腕の他の部分が接触したとしても、皮膚下に生じた水分の振動が腕の先端部分まで伝わり、腕の内部(皮膚下の組織)に傷害を負わせることはない。
なぜならば、これは、41.14メガヘルツという高周波による振動に伴う発熱であるところ、物体を挟むようにして数秒以上通電しない限り、高周波電流の持つ特殊性すなわち表皮効果によって、周波数が高くなればそれだけ、電流は物体の表面しか流れず、物体の表面ないし表面に近い部分に振動が集中し、その部分にしか影響を与えないからである。
また、仮に原告がビニールシートのプレス中に本件機械の電極部分等に接触したのであれば、高周波は、人体の肘から指先方向の比較的長距離間に及ぶ部位よりも、より伝播しやすい加工物体に向って41.14メガヘルツの電界交換作用を進行させるから、人体の影響はそれだけ少なくなる。
よって、原告の受傷はいずれにせよ、極めて軽度のものである。
右のとおり、本件事故によって生じた原告の傷害は、接触部分の軽い火傷程度の感電創にすぎず、両上下肢末梢神経不全麻痺は原告の不定愁訴の類というべきである。
したがって、本件事故による原告の損害は、診断書等の記載によったとしても、せいぜい前腕感電創の治療に必要な三ないし七日間の休業による損害の範囲に止まるというべく、本件事故による入院の必要性はなく、労働能力を喪失するような後遺障害が生じることもない。
よって、原告の請求は、本件事故と損害との間の相当因果関係を欠く失当なものである。
(二) 被告の安全配慮義務違反
被告は、原告が本件機械による溶着作業に従事する際、数回作業内容の見本を示しており、安全配慮義務は尽くしていた。
第三 争点に対する判断
一 いずれも成立に争いのない甲第六(原本の存在も)、第八及び第九号証(調査嘱託に対する回答)、乙第一二号証並びに丙第四号証の二及び三、原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第二号証、弁論の全趣旨によって真正に成立したと認められる丙第三号証、証人吉田善忠、同佐野重雄の各証言、原告及び被告各本人尋問の結果、検証の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実を認めることができる。
1 本件機械の仕様等と本件事故の態様
本件事故は前記争いのない事実記載のとおり、昭和六〇年一〇月八日午後四時四五分頃発生したものであるが、原告は、当日、被告に雇用されて初めて本件機械を使用して塩化ビニール製品の溶着作業に従事した。原告は、このように初めて従事する作業であったため作業に夢中になっており、本件事故の具体的状況については明確な記憶がないが、右手の肘の内側の少し末端部よりの部位(以下「本件受傷部位」という。)が本件機械の金型に触れ、右肩あたりに衝撃を受けて本件事故の発生を知った。
本件機械の仕様と作業の形態並びに溶着の仕組み等は前記争いのない事実記載のとおりであり、本件金型は、溶着されたビニール製品等からの熱伝導によって熱を帯びることはあっても、それ自体が発熱するものではなく、また高圧印加ペダルを踏めば、プレスのために金型を下に降ろしていなくとも高周波が発生するものであり、高周波が発生中に電極ホルダーないし金型に触れると火傷を負う場合があることは本件機械の取扱説明書にも記載されているところである。
こうした本件機械の仕様及び作業形態並びに溶着の仕組み等と原告が受傷を知った経過に照らすと、本件事故は、原告がビニール製品の溶着作業に従事中、右前腕部分が本件機械の金型部分に接触していることに気づかず、誤って高圧印加ペダルを踏んだため、電極から発していた高周波を本件受傷部位に受け、熱傷を負ったものであると考えられる。
2 原告の治療の経過等
原告は、本件事故直後、右接触部位に痛みを感じ、被告工場の一階の水道で接触部位を冷やすという応急措置をとった。その際、右接触部位は若干赤みがある程度であった。
原告は、右事故当日被告での業務を終えて一旦帰宅したが、右腕の痛みが増し、接触部位が黒ずんできたため、訴外石塚外科・整形外科(以下「石塚外科」という。)で受診した。
右初診時は、レントゲン撮影した他は、火傷の治療を受けて帰宅したが、翌一〇月九日、原告は舌の痺れと味覚異常、両手・両足の痺れ、白目の充血等の症状を感じ、再度右石塚外科で受診し、同日から同月二九日まで入院した。
右退院後も、原告は両手・両足の痺れを主訴して、昭和六四年一月七日まで通院し、主として理学療法及び投薬等の治療を受けた。その実通院日数は四二七日である。
但し、右石塚外科において、昭和六三年一二月二九日に治癒(症状固定)と診断されている。
また、原告は労災申請のため、訴外労働福祉事業団中部労災病院を四回受診している。
3 本件機械と同種機械による熱傷の症例の報告等
本件機械と同様の機械によって生じた高周波による熱傷に関して、医学雑誌における報告例が若干存在するが、右報告の内容は大要次のとおりである。
(一) 『整形外科』二七巻一三号臨時増刊
右文献には、「高周波プレスによる手の外傷」と題して、大阪大学整形外科の泉類博明らによる二つの症例報告及びラットによる実験結果についての報告がなされている。
(1) 症例報告によれば、第一の症例は、右示・中・薬指背側及び手背を高周波プレスで受傷した事例であり、受傷後五ないし六日目から指背、指先に壊死が始まり徐々に進行し、四週間後には右示・中指背側が完全に壊死化し、薬指は掌側で皮膚の一部を残して壊死化したため、薬指及びその後壊死化がさらに進んだ中指について切断手術が施行された事例である。
第二の症例は、左示・中指背側及び手背を高周波プレスで受傷した事例であり、受傷二日目の罹患肢の血行は比較的よかったが、六日目から主として指先部に壊死が始まり、中枢へと波及し、三六日目に、示・中指について切断手術が施行された事例である。
報告者の考察によれば、右二例に共通の症状等として、受傷後数日間は軽度の血行障害を認めたものの壊死にまで進行するとは予測できなかったが、受傷後六日目ごろから、指先、指背創部に壊死が始まり徐々に中枢側へ進行して受傷部位を越えてPIP関節付近にまで波及したとされている。
(2) 次に、ラットによる実験結果の内容についてみると、右実験は、ラットを二群に分け、それぞれアンペア及び加熱時間を変えて高周波プレス機による加熱を後肢背側及び尾に加えた上経時的観察を行ったものであるが、右二群のうち、一般にビニール製品の溶着に用いられる電圧及び加熱時間(四〇〇ミリアンペア、三秒)を用いた群の後肢の変化については、肉眼的所見として、二四時間後に浮腫及び血行障害が高度となり、四八時間後に壊死に陥ったものがラット人肢中四肢、七二時間後に壊死化したものが一肢であった。
また、右の如き肉眼的所見の他に、組織学的所見として、右群のラットの後肢には、通電加熱部、その中枢側近辺及び末梢側の大部分において全層にわたる著名な出血、充血、鬱血、凝血、血栓形成等の高度の循環障害が認められ、また通電加熱部位では皮膚の損傷のほか、皮下組織及び骨の破壊を認め、その周辺部特に末梢側に広範囲の出血と組織の変性が認められるなど、著名な変化が認められた。
(二) 『日本災害医学会会誌』一九八三年三一巻八号
右文献には、「高周波プレス機械による手の熱傷例」と題する金沢医科大学形成外科の北山吉明、塚田貞夫らによる症例報告がある。
右症例報告によれば、当該症例はビニールシート加工作業中に誤って高周波ウェルダーに左の示・中・環・小指が挟まれ、掌側から背側にかけて約三ないし四秒間高周波を浴びた事例である。
この事例では、受傷直後手指に痺れ感を覚えたが痛みもなく皮膚色調の変化もほとんどなかったため数日間軟膏治療を受けていたが、受傷後七日目ころから中・環指の指尖部背側皮膚が壊死化し、これが日毎に進行し、指腹の末・中節部も大部分壊死に陥り、二一日目には中・環指のPIP関節末梢まで完全にミイラ化したため、中・環指の切断等の手術が施行された。
報告者の考察によれば、高周波による熱傷の機序から、通常の熱傷のように体表面に近い部位ほど損傷が著しいという特性はなく、全層にわたって損傷が起き、血管系等水分含有量の高い組織ほど、高度の損傷を起こすとされている。そして、そのため受傷部では容易に血行不全を起こし壊死化へと進展し、手指では、血管系構造が特異的であることから受傷部のみならず健全な末梢部まで阻血性の壊死を起こすことになるとされている。
二 右認定の事実によれば、本件争点について以下のとおりいうことができる。
1 本件事故は、高周波を発していた本件機械の金型部分に接触したことによって生じたものであるとは認められるものの、その原因は、右のとおりあくまで高周波であって通常の電流によるものではないから、通常の電流等による感電創のように電流が身体を通電したことによる傷害と同様の傷害が身体全体にわたって生じたと推断することはできない。
そして、高周波による熱傷は、高周波による電極の変化に追随できない分子の運動による誘電損であることからすれば、その受傷部位は電極と電極の間にあって右誘電損が生じた部分、及びそれによって生理的に影響を受ける部位に限られているというべきである。
これを本件について見ると、高周波による接触部位としては、まず、右前腕のうち本件受傷部位があり、この部位に通常の火傷類似の皮膚障害が発生したことからすれば、高周波が生じた一方の電極部分が右接触した金型部分であることは明らかであるところ、他方の電極部分は、高周波の特性から右受傷部位の周辺部か少なくとも、プレス台に置かれていた右手指の末端部であるというべきであって、原告の身体又は原告の身体全体が高周波電界内に置かれたと認めるに足りる証拠はない。
そうすると、右皮膚障害部位及びその周辺の限られた部位に限って高周波による誘電損が発生し、これに伴い原告の障害が発生したものと推認するのが相当である。
2 このことは、前記認定の本件機械類似の高周波プレス機による熱傷の症例報告及びラットによる実験結果(以下「症例報告等」という。)に照らして是認できるというべきである。
すなわち、症例報告等の事例はいずれも金型とプレス台との間に手指部分が挟まれた結果生じたものと認められるところ(なお、前記3(一)の『整形外科』において報告された二事例については、受傷の状況が明確には示されていないが、受傷部位及び症状の経過等が同3(二)の『日本災害医学会会誌』の報告事例と酷似しており、また、ラットによる実験の状況に照らしても、右同様プレス台との間に手指部分が挟まれた事例であると推認できる。)、このような場合、手指が金型を一方の電極とし、プレス台を他方の電極とする高周波電界内に固定されたため、すなわちいわば塩化ビニール等の加工品と同様の状態に手指が置かれたため、右手指部分に誘電損が生じたものというべきところ、本件では右のような接触状態ではなかったことは前記認定の事故の態様から明らかである。
しかも、前記症例報告等によれば、高周波電界内において手指がいわばプレスされたという、本件よりも重篤な誘電損が身体に発生したと認められる事例においても、その障害の発生部位はほぼ高周波電界内におかれた部位か、その周辺部又は末梢側に限られており、全身症状については何ら触れられていないのであって、事故態様及び接触部位の皮膚障害の程度が、ともに右症例報告等の事例よりも軽度であると認められる本件事故においては、たとえ高周波による熱傷が通常の熱傷の場合と異なり、全層にわたって損傷が起き、水分含有量の高い組織、特に血管系などに高度の損傷を起こすものであるとしても、原告の主訴の部位すなわち、両手・両足等、本件受傷部位を著しく越えて中枢側や全身に及ぶ範囲にまで、高周波による誘電損が発生したと認めることは、到底できない。
したがって、本件事故による熱傷が「両上下肢末梢神経不全麻痺」の原因であると認めることもできないし、他に本件事故と右障害との間に相当因果関係を認めるに足りる証拠はない。
3 以上の説示によれば、本件事故による原告の傷害の程度は、軽い火傷程度の「右前腕部感電創」にとどまるというべきところ、右傷害がこの程度のものとすれば、これによる損害は、せいぜい右感電創にかかる治療費及びこれが完治するまでの数日間の休業による損害に止まるものというべく、入院の必要性及び後遺障害の残存を認めることはできない。したがって、原告請求の入院にかかる損害(入通院慰藉料、入院雑費)休業損害及び後遺症残存にかかる損害(後遺症慰藉料及び逸失利益)の存在も、これを認めるに足りないというべきである。そうすると、本件事故による損害は、既に原告に支払いずみの労災保険法に基づく給付の合計額を上回るとは認められないから、原告の本訴請求は失当というべきである。
第四 結論
以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、民訴法八九条、九四条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官福田晧一 裁判官黒田豊 裁判官潮見直之は転勤のため、署名、押印できない。 裁判長裁判官福田晧一)
別紙損害一覧表<省略>